1%のできていないことではなく、99%のあるものを見る。

「なんで、僕だけ……」と思ったときに気づいたこと

昨日、友達と一緒に金華山に山登りに行ってきました。

登りながら、いろんな話をしました。

その中で、友達がこんなことを話してくれました。

親しい人に対して、

「自分がしていることに、相手から返ってくる反応が、自分の思っていたものと違うと、なんとなく違和感を感じてしまう」

という話でした。

僕にも、心当たりがあります。

むしろ、かなりあります。


目次

「ありがとう」をもらっているのに

僕は毎朝、朝ご飯を作っています。

お弁当に入れられるものも、一緒に作ります。

畑仕事もしています。

家の敷地の除草作業もあります。

フルタイムで看護師として働きながら、時間を作ってやっています。

もちろん、

「ありがとう」

と言ってもらっています。

でも、以前の僕は、その「ありがとう」が、自分のしていることに対して、少し軽く感じてしまうことがありました。

「こんなにやっているのに……」

そんな気持ちです。

「もっと感謝してくれてもいいんじゃない?」

そんな思いが、どこかにあったんだと思います。

でも、最近読んだ本の中にあった考え方が、僕の中にスッと入ってきました。

「1%のできていないことにフォーカスして、99%のあるものを見ようとしていない」

そんな内容です。

これを読んだとき、

「あ……」

と思いました。


僕は、どうして毎朝ご飯を作っているんだろう?

そもそも、僕はなぜ毎朝ご飯を作っているんだろう?

そう考えてみました。

僕には、祖母のヨネさんから教えてもらったことが、たくさんあります。

箸の持ち方も、ヨネさんから教えてもらいました。

でも、箸の持ち方だけではありません。

僕が今でも大切にしている、食事についての教えがあります。

「体は食べたものでできている」

「いろんな色を食べること」

つまり、食事を偏らせないこと。

そして、

「野菜を食え」

お肉や魚ももちろん大切。

でも、とにかく野菜を食べなさい。

そんなことを教えてもらいました。

そして、

「添加物は、なるべく食うな」

とも教えてもらいました。

食品には、保存料や着色料など、長く保存するためだったり、おいしそうに見せるためだったり、いろんな工夫がされています。

それがすべて悪いということではありません。

ただ、ヨネさんは、

「なるべく、よく分からないものを体に入れないほうがいい」

という感覚を持っていたんだと思います。

僕は、そんなヨネさんから教えてもらったことを、今も大切にしています。

そして、それを毎日の食事で実践できている。

自分と、自分の大切な人たちに届けることができている。

毎日の食事が、自分や家族の体を作っている。

そう考えると、

僕は、ヨネさんのマインドを受け継いでいるんだな。


畑も、草取りも、僕がやりたいことだった

畑で野菜を作ること。

庭の除草作業をすること。

これも、僕にとっては幼い頃から日常的に見てきたことでした。

だから、僕ができる。

畑で作った野菜は、農薬をほとんど使わずに育てています。

自分が安心して食べられるもの。

家族にも食べてもらえるもの。

僕が大切にしている食事の価値観とも、ぴったんこです。

そう考えてみると、

これも僕がやりたいことなんだよな。

と思えてきました。

それなのに僕は、

「こんなにやっているのに」

「もっと感謝してくれてもいいのに」

と思っていた。

言ってしまえば、

自分がやりたいと思ってやっていることなのに、いつの間にか、相手に見返りを求めていた。

まさに、そんな気持ちだったんだと思います。


自分がしていることは、よく見える

僕は、自分がしていることには、よく気づきます。

朝早く起きて、ご飯を作る。

仕事に行く。

畑をやる。

草を刈る。

自分が動いていることだから、よく分かります。

でも、自分の生活を改めて振り返ってみると……

僕が作った朝の料理を、お弁当箱に詰めるのは、妻と娘たちがしてくれています。

僕が着ている衣類は、妻が洗濯してくれています。

母が衣類を畳んでくれています。

毎日入るお風呂も、母が掃除して、子どもが給湯してくれています。

家の掃除も、妻や子どもたちがやってくれています。

僕は朝ご飯と、夜勤明けの日や休日の晩ご飯を作っています。

でも、それ以外の食事は、妻や娘たちが作ってくれています。

考えてみれば、

僕の生活は、たくさんの「してもらっている」で成り立っています。

なのに僕は、自分の「していること」ばかりを見ていた。


「なんで、僕だけ……」

僕は、どうしても自分の「我」が出やすいところがあります。

だから、

「なんで、僕だけ……」

と思ってしまうことがある。

畑のこともそうでした。

フルタイムで仕事をしている僕には、畑をする時間は限られています。

だからこそ、

「時間がないけど、僕がやらなきゃ」

と思っていました。

でも、その気持ちを誰かに相談することもなく、一人で抱えていました。

声にも出さず、

「なんで僕だけ……」

と、勝手に不機嫌になっていたんです。

よく考えたら、

妻も仕事を持っています。

娘たちにも、仕事や学校があります。

みんな、それぞれの生活があります。

だから、一人で抱え込まずに相談してみました。

すると、少しずつ変わりました。


「なんで僕だけ」が消えていった

僕が水まき用のスプリンクラーを設置しました。

毎日の水やりを妻がしてくれることになりました。

収穫は僕もします。

でも、妻や子どもたちも手伝ってくれています。

気がついたら、

「なんで、僕だけ……」

という感覚が消えていました。

あれだけ自分の中で大きくなっていた「僕だけ」が、なくなったんです。

そして、畑では、

野菜が少しずつ大きくなっている。

それを見るのが、楽しい。

水と光と大地。

そして、少しの人の手。

それで野菜は育っていく。

そんなことを実感しています。

ただし……

スプリンクラーの効果は、野菜だけではありません。

畑の草たちも大喜びです(笑)。

野菜よりも元気に育っています。

少し手をかけないと、畑が草原になってしまいます。

これもまた、畑です(笑)。


1%ではなく、99%を見る

金華山を登りながら、友達の話を聞いて、改めて思いました。

僕たちは、近しい人にこそ、求めてしまうのかもしれません。

「これだけやっているんだから」

「これくらい分かってくれてもいい」

「もっと、こうしてくれてもいい」

そんなふうに。

そして、相手から返ってきたものが、自分の期待したものと少し違うだけで、

「なんか違う」

「分かってもらえていない」

と感じてしまう。

でも、そこで僕が見ていたのは、

もしかしたら1%のできていないことだったのかもしれません。

その1%ばかりを見て、

99%の「あるもの」を見ようとしていなかった。

僕は、毎朝、ヨネさんから教えてもらった大切なことを詰め込んだ料理を作ることができています。

その料理を食べてくれる人がいます。

だから、作ることができます。

畑では、安心して食べられる野菜を育てることができます。

その野菜を、家族と一緒に食べることもできます。

そして僕自身も、

妻に洗濯をしてもらい、

母に服を畳んでもらい、

家族に掃除をしてもらい、

妻や娘たちに食事を作ってもらっている。

こうして考えると、

僕の周りには「あるもの」が、いっぱいあります。

      今しか見れない岐阜城の姿


今日も、感謝してジャガイモを植えよう

「なんで、僕だけ……」

そう思ったとき。

もしかしたら、本当に僕だけなのかもしれない。

でも、それは、

「自分がしていること」だけを見ているからかもしれない。

一度立ち止まって、

「僕は、何をしてもらっているんだろう?」

と見渡してみる。

そして、

「今、僕の生活にあるものは何だろう?」

と考えてみる。

すると、見えていなかったものが、見えてくるかもしれません。

僕は、まだまだ「我」が出ます。

これからも、

「なんで僕だけ……」

と思うことがあるでしょう。

そんなときは、

1%のできていないことではなく、99%のあるものを見る。

そして、今日も感謝しよう。

さて、今日はジャガイモを植えよう。

ヨネさんからもらったものを、また次につないでいこう。

すくすく育ってね。

イラスト:ネム蔵 × 杉野画伯 × ChatGPT(AI生成)

参考文献『いつも幸せな人は、2時間の使い方の天才』 著者:今井 孝 出版社:すばる舎 刊行:2024年6月

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この記事を書いた人

看護師として、たくさんの「命の選択」に立ち会ってきました。

『家族を大事に、ACP「人生会議」を世の中のスタンダードにする』。

そんな夢を胸に、一歩ずつ、伝える活動をしています。

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