どうして長崎五島列島?どうしてバラモンキング?

感謝の気持ちに気づく瞬間
「ありがとう」と感謝されることは、実に喜びを感じる瞬間です。しかし、さらに幸せを感じるのは、自分が「ありがとう」と感謝させてもらえる相手がいることに気づく時です。
僕がこのような思いを抱けるのは、多くの方々とのご縁のおかげです。
今日は、僕が「父ちゃん」と呼んでいた先輩、コンちゃんとの思い出をお話しさせてください。
コンちゃんとの日々
コンちゃんには、仕事でもプライベートでも、本当にお世話になりました。
元板前で、鮮魚担当だったコンちゃんは料理が得意でした。
よく家に呼んでもらい、奥さんと二人で温かく迎えてくれました。
僕は会社に入って3年で退職し、看護師を目指すことになりました。
会社を辞めてからも、コンちゃんはずっと僕のことを応援してくれました。
看護師になってから、仕事の悩みや、自身の不出来を責めていてなかなかコンちゃんにも会いに行くことができませんでした。
今でも忘れられない朝があります。
コンちゃんが、故郷の五島列島に帰るから昔の同僚たちで送別会をすることになりました。その会に僕も読んでもらえたのです。
コンちゃんの家に泊めてもらった翌朝、コンちゃんが作ってくれたキビナゴの干物と卵焼きを食べました。
食品卸の仕事を辞めて、看護師の道に進んだけれど、なかなか仕事ができない自分がいて、それが情けなく感じていることをコンちゃんに聞いてもらいました。コンちゃんは話を聞いてくれて、「ネム蔵、本当に、おまえはよく頑張っとるな」とそばにいてくれました。
そのとき、僕は泣きながら朝ごはんを食べていました。
別れと再会
コンちゃんは定年退職後、故郷の長崎県・五島列島に戻りました。
その後も時々連絡を取り合っていました。
僕がトライアスロンをしていることを知っていたコンちゃんは、五島列島で開催される「バラモンキング」に出るよう声をかけてくれました。
あるとき、五島列島の魚や干物と一緒に、ボランティアTシャツを送ってくれました。
「冷蔵庫の掃除」と言って、時々、五島の魚や干物を送ってくれるのです。
お礼の電話をすると、
「ネム蔵、五島列島でトライアスロンがあるから、お前出ろ。俺んちに泊まればいい。何人でも仲間を連れてこい」
そう言ってくれました。僕はいつか五島列島でコンちゃんに会いに行こうと思っていました。

そして、バラモンキングを目標に練習を始めました。
ところが、2022年8月。
突然、コンちゃんと連絡が取れなくなりました。
電話をしてもつながらない。
いろいろな方法で探しました。
そして、分かったのです。
コンちゃんは、その年の6月に亡くなっていました。
僕は、直接「ありがとう」を伝えることができませんでした。
それが、とても悔しかった。
それでも、コンちゃんのお兄さんと連絡を取ることができました。
そして、コンちゃんのお墓の前で、ようやく伝えることができました。
「コンちゃん、ありがとう」
ずっと言いたかった言葉でした。
五島列島の旅
2023年6月。
僕はバラモンキングにボランティアスタッフとして参加するため、五島列島へ向かいました。
本当なら、コンちゃんの家に泊めてもらって、
「ネム蔵、よく来たな」
なんて言ってもらいたかった。
でも、その旅はコンちゃんに会いに行く旅ではなく、コンちゃんのお墓参りの旅になりました。
コンちゃんのお兄さんや、地域の方々にも協力していただき、無事にお墓参りをすることができました。
五島列島の空気を感じながら、コンちゃんのことを思いました。
そして、改めて思ったのです。
僕は、コンちゃんからたくさんのものをもらっていたんだな、と。
最後に
コンちゃんに直接感謝の気持ちを伝えることはできませんでしたが、彼の存在が私の人生に与えた影響は計り知れません。今を大切に生きることの大切さを改めて感じさせてもらった五島列島の旅でした。
2024年は、バラモンキングに選手として参加できるように、心身ともに準備を整えていきます。

コンちゃんの作品
浜辺で貝殻を集めてきて、かわいいものを作って娘たちに送ってくれました。


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