「伏線」って、知っていますか?
物語の途中で出てきた出来事や言葉が、あとになって、「ああ、あれはここにつながっていたんだ」と分かることがあります。
それが、伏線です。
小説や映画では、何気なく登場した出来事が、後になって大きな意味を持つことがあります。
人生も、もしかしたら同じなのかもしれません。
そのときは、「なんでこんなことが起きるんだ」「どうして僕がこんな役割をしなくちゃいけないんだ」と思っていたことが、何年も経ってから振り返ると、
「あの出来事があったから、今の自分がいるんだな」
と思えることがあります。
先日、ひすいこたろうさんのYouTubeチャンネル「名言セラピー」で、作家の森沢明夫さんとの対談動画を聴きました。
テーマは、「自分の人生をハッピーエンドの面白い物語にする方法」。
その話を聴いていたら、僕自身のこれまでの人生を振り返ってみたくなりました。
すると……
出てくる、出てくる。
「あの出来事があったから、今の自分がいる」
そんな出来事が、僕の人生にはたくさんありました。
どうやら僕の人生、伏線だらけだったようです。
糖尿病教室が、僕の人生を変えるきっかけになった

看護師になって4年目。
突然、病院内の糖尿病教室を運営する委員会に入ることになりました。
糖尿病教室は、糖尿病と付き合いながら生活する患者さんや、その家族に向けた無料の講座です。
あとから聞いた話ですが、本当は看護師歴6〜7年目の先輩に声がかかったそうです。
ところが、その先輩は、
「私、その委員会に入るくらいなら仕事辞めます」
と、きっぱり返事をしたそうです。
それで、上司から僕に声がかかったようでした。
当時の僕は、糖尿病の知識なんてほとんどありません。
そんな自分が、人前で糖尿病について話すことになったのです。
何を話せばいいのか、さっぱり分かりません。
パワーポイントの使い方すら知らなかった僕は、スライドもない状態で原稿だけを作り、20〜30分ほど何かを話したと思います。
今となっては、どんなことを話したのか、まったく覚えていません。
それからも、年に数回、糖尿病教室の講義を担当することになりました。
おかげで、パワーポイントの使い方を覚え、人前で話す練習を仕事の中でさせてもらうことができました。
糖尿病の研修会にも参加し、少しずつ病気について学んでいきました。
そのうち、病院内で糖尿病の患者さんに指導をしたり、患者さんへの指導方法をスタッフに伝えたりする立場にもなっていきました。
振り返れば、あの委員会に入ったことが、僕の看護師としての経験を広げてくれたのです。
でも、それ以上に、今の僕にとって大きな意味を持つことがありました。
それは、自分自身の健康を取り戻すきっかけになったことです。
「ネム蔵さん、あんたはいいのか?」

看護師になった僕は、仕事では毎日へろへろでした。
自分の部署に向かうときには、大きく息を吸い、息を止めて、1日中もがいているような感覚がありました。
仕事が終わると、どうにか家に帰ることができた。
そんな毎日でした。
そのストレスもあってか、毎日、暴飲暴食。
自宅で飲みすぎて粗相をすることもありました。
家で飲むビールは5ケース単位で購入していました。僕はそれを「仕入れ」と呼んでいました。
看護師として入職した頃は70kg程度だった体重が、いつの間にか87kgに。
臨月の女性よりもお腹が大きくなり、健康診断では再検査。
肝臓専門の医師からは、
「ネム蔵、フォアグラだよ。若いうちにどうにかしないとやばいよ」
と指摘されていました。
自分でも、さすがにこの体ではまずいと思っていました。
だから、時々ダイエットにも挑戦していました。
リンゴダイエット、バナナダイエット、ところてんダイエット、レコーディングダイエット。
ほかにも、いろいろ試しました。
食事療法と運動療法の基本を患者さんに伝える立場になっていたのに、自分は基本とは真逆のダイエットに挑戦しては、惨敗していました。
そんなある日、患者さんに糖尿病と日常生活について、食事や運動の必要性を説明させてもらいました。
話し終えたとき、その患者さんが言いました。
「ネム蔵さんの話は、よ〜く分かった。食事と運動が大事なんだな。あんたはいいのか?」
衝撃の一言でした。
お腹が大きすぎて、しゃがんで話すことも難しかった僕。
患者さんは、自分のことを心配して声をかけてくれている。
そう感じました。
自分でも分かっていたことなのに、患者さんから言われて、改めて自分のことを考えさせられました。
そして、その言葉をもらって間もない頃、兄が交通事故に遭いました。
自転車に乗っているときに車に引かれたのです。
幸い、兄にケガはありませんでしたが、自転車は壊れてしまいました。
兄が新しい自転車を購入したため、僕に声をかけてくれました。
「ネム蔵、自転車の前輪を修理すれば乗れるよ。使う?」
僕は、その自転車を譲ってもらうことにしました。
そして、その自転車に「わらしべ長者号」と名前を付けました。
わらしべ長者号から、トライアスロンへ

それまでの僕は、家から見えるスーパーに行くのにも車を使っていました。
移動するなら、とにかくクーラーの効いた車。
山道で、時々汗を流しながら坂道を上っていくサイクリストを見ては、
「奇特な人だな〜」
と思っていました。
そんな僕が、自転車に乗るようになったのです。
家にいると、何かを食べてしまう。
だから、間食をやめました。
患者さんに伝えていた食事療法と運動療法の基本を、自分自身で実践することにしたのです。
体重は、ひと月に1〜2kgのペースで落ちていきました。
体が軽くなっていく感覚。
運動することの楽しさ。
少しずつ、自分の体が変わっていくことを感じられるようになりました。
中学生のとき、テニス部の入部テストに落ちた僕は、水泳部に入っていました。
速くはありませんが、泳ぐことは好きでした。
自転車が手に入った。
泳ぐこともできる。
「あとは走れるようになったら、トライアスロンができるんじゃないか?」
そんなことを考えるようになりました。
クーラーの効いた車での移動が当たり前だった僕が、自転車に乗ると山を求め、ハーハー言いながら坂道を上り、滝のような汗を流す。
それを気持ちいいと感じるようになっていました。
今では、2014年からトライアスロンを続けています。
2025年には、憧れていたバラモンキングを完走することもできました。
もし、糖尿病教室の委員会に入っていなかったら。
患者さんから「あんたはいいのか?」と言われていなかったら。
兄が自転車を譲ってくれなかったら。
50歳を過ぎた僕は、今、どんな生活をしていたのでしょう。
あのときは、面倒な役割が回ってきたと思っていた出来事が、今の自分につながっています。
まさに、人生の伏線回収です。
杉野画伯との出会いも、伏線だった

ブログのイラストを提供してくれている杉野画伯との出会いも、僕にとって大切な伏線の一つです。
看護師になって5年目。
仕事ができないと、しょんぼりしていた僕に、サブリーダーという役割が回ってきました。
リーダーを務めるのは、仕事をさくさくこなす、素敵な先輩。
「今年は先輩を見て勉強してね」
そんな言葉とともに、依頼を受けました。
これも勉強だと、自分の気持ちを切り替えようとしていた6月。
その先輩が妊娠され、切迫早産の危険があるため、療養休暇に入ることになりました。
僕はサブリーダーから繰り上がり、チームリーダーになりました。
自分の日々の仕事さえ、ちゃんとできているのか分からない。
そんな僕が、リーダーですか?
でも、ほかに代わってくれる人もいません。
やるしかありませんでした。
チームの中で起きていることが、苦情も含めて情報として届くようになりました。
グループ活動の進捗を確認し、分からないことだらけの中で、どうにか翌年3月の1年間の振り返りを終えました。
一人、達成感を感じていました。
ところが、上司から、
「チームリーダーは3月のチームの立ち上げからやらないと、わからないからね。もう1年やってみようか〜」
と言われたのです。
大好きな上司でした。
でも、そのときばかりは、うつむいてしまいました。
「簡単に言われますけれど、1年、必死にやってきたでしょ。もう勘弁してほしいよ」
そう思い、素直に「はい」と返事をすることができませんでした。
それでも、僕のリーダーは変わりませんでした。
「どうして僕ばっかり……」
そんな思いもありました。
前年にできなかったこともあるし、少しはやることも分かってきた。
そうやって、気持ちを少しずつ切り替え、もう1年を必死に乗り越えました。
ようやく任期が終わったときは、本当にほっとしました。
ところが、今度はリーダーの役割を後輩に譲り、安心していた僕に、
「院外の発表会の資料を作って、発表してきてほしい」
という依頼が来たのです。
さすがに、僕も反論しました。
「1年ではなく、2年もリーダーをやりました。なんでもかんでも僕がやるっておかしくないですか? 僕以外にもリーダーをやっていた人がいますよね」
すると、返ってきた言葉は、
「いい活動だったから。病棟内の取り組みが形になったじゃない」
結局、僕が院外の研修発表会で発表することになりました。
発表前、ドキドキしながら緊張していた僕に、杉野画伯が声をかけてくれました。
「兄ちゃん、発表か〜。ほいじゃ、リハーサルしてみよか〜」
そう言って、発表の練習に付き合ってくれたのです。
あとから知ったのですが、杉野画伯は、固定チームナーシング研究会の創設者の一人でした。
当時の僕は、そんなことも知らずに、目の前の発表に必死でした。
それから時が流れました。
看護師として、自分の仕事に自信が持てたわけではありません。
それでも、固定チームナーシングという環境の中で、患者さんや一緒に働く仲間に支えられ、育ててもらってきた実感がありました。
いつか、杉野画伯にお礼を言いたい。
そんな思いを持っていました。
そして、杉野画伯の前で発表の練習をさせてもらってから17年。
再び、固定チームナーシング研究会の発表の場に立つ機会をいただきました。
スタッフの活動の成果を発表できる喜び。
そして、杉野画伯と再会できたこと。
胸が熱くなったことを、今でも覚えています。
あのとき、リーダーを2年も務めることにならなければ。
院外発表を任されなければ。
杉野画伯との出会いが、こんなふうにつながることもなかったのかもしれません。

17年ぶりの再会の日の様子を杉野画伯はイラストにしてくれていました。(右から2番目がネム蔵です!)
役割を手放した先で、出会えたもの

そして、もう一つ。
仕事で役割をいただいたときも、周囲のスタッフと自分を比べ続け、役割を果たせていないと自分を責めていた時期がありました。
でも、振り返ってみると、その時期があったからこそ、係長の研修会で、ACP「人生会議」という考え方を初めて知ることができました。
そこから、ミスターACPでも紹介している、神戸大学のACP・人生会議の質問内容を、毎日ひとつずつ考えるようになりました。
「もしものとき、自分はどうしたいんだろう?」 「自分にとって大切なものは何だろう?」
そんなことを毎日考えているうちに、少しずつ、自分の中で変わっていったものがありました。
「万が一」のことを考えているはずなのに、いつの間にか、「今が大事なんだ」と思うようになったんです。
そして、ACPのことを知りたくて学んでいるうちに、大城さん、西川先生をはじめ、ACPiece研修会の仲間たちにも出会うことができました。
頭が真っ白になり、感情さえ分からなくなっていたような時期があったからこそ、自分の生き方を見直すきっかけができました。
そして、これからの自分の時間を、どう使っていきたいのかを考えられるようになりました。
さらに、「もう役割はいらない」と思って、今働いている病院へ移ることを決めたことも、自分の看護師としての自信がなかったからこそ、青柳さんの「出直し看護塾」や、そこで出会った仲間たちにつながっていきました。
振り返ってみると、
「自分にはできない」
「役割を果たせていない」
「もう、しんどい」
そう思っていた出来事の先にも、ちゃんと新しい出会いがありました。
あのときは、そんなことになるなんて知りませんでした。
これも、僕にとっては人生の伏線だったのだと思います。
僕は、本当に人に恵まれてきた

振り返ってみると、僕は自分の人生で大変なことが起きたとき、ピンチだ、どうしようと思ったとき、たいてい誰かがそばにいてくれました。
看護師を目指していると話したとき、まずは受験してみることを勧めてくれた食品会社時代の上司。
看護師として働くにあたり、実習病院では男性看護師の病棟勤務が難しい状況だったため、病棟勤務ができる病院に就職するよう背中を押してくれた先輩。
リーダーの仕事を一人で抱えていると思っていた僕を、いつも気にかけて支えてくれた先輩や仲間たち。
杉野画伯の前で発表した原稿も、先輩たちの支えがなければ、形にすることはできなかったと思います。
そして、働き始めてから、毎日僕を見送ってくれた妻や家族。
糖尿病教室で僕に「自分はいいのか?」と問いかけてくれた患者さん。
ACPを学ぶ場をつくり、僕に新しい価値観と出会わせてくれた大城さん、西川先生、ACPiece研修会の仲間たち。
そして、看護師としての自分をもう一度見つめ直す機会をくれた青柳さんと、出直し看護塾の仲間たち。
まだまだ、書ききれません。
僕は、本当にたくさんの人とのご縁に恵まれ、支えられてきました。
当時は、自分のことで精いっぱいで、気づけなかったこともあります。
でも、今は分かります。
僕は、一人でここまで来たわけではありません。
つらい経験にも、いつか意味を見いだせることがある

僕は、長所も短所もある人間です。
人に超絶恵まれるという才能がある一方で、マルチタスクの能力はゼロに近い。
ユニークな顔立ちもしています(笑)。
そんな僕だからこそ、いろいろな出来事がつながっていく、伏線だらけの面白い物語の主人公にふさわしいのではないか。
今回、森沢さんの話を聴いて、そんなふうに思いました。
ただ、こうして過去を振り返り、人生の伏線を語れるのは、今、つらい時期を過ぎた自分だからでしょう。
そう思う方もいるかもしれません。
実際、僕にも、そんなふうに考える余裕などなかった時期があります。
大好きな先輩に背中を押してもらい、病棟勤務のできる病院に就職が決まりました。
ところが、面接で緊張しすぎた僕は、手術室勤務を希望しているかのような発言をしてしまいました。
結果、手術室の看護師になりました。
こんなことなら、先輩のいる病院で、先輩と一緒に透析センターで働きたかった。
自分がしたこととはいえ、気持ちがついていきません。
仕事を覚えることもできず、思い描いていた看護師生活とはかけ離れた毎日。
自分を情けなく思い、責め続けていました。
いつの間にか、出勤途中で車を停めて仮眠をするようになりました。
遅刻するかもしれないという時間になって、ようやく車を動かし病院へ向かう。
そんな自分がいました。
また、仕事で役割をいただいたときも、周囲のスタッフと自分を比べ続け、役割を果たせていないと自分を責めていた時期があります。
頭に靄がかかり、感情も失っていく。
蛇が苦手な僕が、夏の草むらに半ズボンとサンダルで入っていけるほど、どうにか生きているだけの状態になっていました。
そんなときに、「この経験も、いつか人生の伏線になるよ」と言われたとしても、きっと僕には届かなかったと思います。
そのときは、今の苦しさで精いっぱいです。
先のことなんて考えられない。
自分の経験に意味があるなんて、思えない。
それでも、時間がたって振り返ると、あのときの自分がいたから今の自分がいると思えることがあります。
自分をえぐるようなつらい経験が、今の自分にとって、ものすごく意味のある経験だったと感じられることもあります。
もちろん、つらかった経験を、無理に良い経験だったと思う必要はないと思います。
あのときの自分に、もっと頑張れと言いたいわけでもありません。
ただ、今は意味が分からないことでも、いつか違う景色が見えることがある。
それは、僕自身が経験してきたことです。
今がつらくても、人生はまだ途中だから
もし今、つらい思いをしている人がいたら、伝えたいことがあります。
今は、これから先のことなんて考えられなくてもいい。
今のつらさに、意味を見いだせなくてもいい。
無理に前向きになる必要もないし、今すぐ何かを変えようとしなくてもいい。
僕自身、そういう時間を過ごしてきました。
そして、今までの人生を振り返ると、あのときの自分がいたから出会えた人がいて、あの出来事があったから経験できたことがありました。
誰にも代わってもらうことのできない、自分の人生。
今はつらくても、生きているうちに、いつか出会える景色があるかもしれません。
今まで大変だったこと、しんどかったこと。
それらも含めて、僕たちは自分の人生という物語を歩いています。
今が一番つらいと感じていても、今のつらさが、いつか物語の1ページになる日が来るかもしれない。
だから、今は無理をしなくてもいい。
どうか、自分の人生を生きていてほしい。
僕は、そう思っています。
今、自分が持っているものに目を向けてみる

最後に、僕がやってみたことを紹介します。
もしよかったら、紙を1枚用意して、書き出してみてください。
① 今、つらいこと、しんどいことを書き出す。
② 今、自分が持っているものを書き出す。
つらいこと、しんどいこと。
頭の中で何度も考えていることを、紙に書き出してみる。
そして、今、自分が持っているものにも目を向けてみる。
手にしているスマホ。
スマホの文字が見えていること。
電気が使えること。
水道やガスがあること。
ご飯を食べられること。
眠る場所があること。
息をしていること。
心臓が動いていること。
家族や友人、仕事、趣味。
普段は当たり前だと思っていることも、書き出してみると、いろいろあるかもしれません。
もちろん、こうしたものがあるからといって、今のつらさが小さくなるわけではありません。
持っているものに感謝しなければいけない、という話でもありません。
ただ、今の自分が持っているものを、改めて眺めてみる。
その中から、自分にとって大切なものを10個選んでみる。
そして、もし、そのうちの1つと引き換えに、今のつらさや苦しさがなくなると言われたら、自分はどうするだろう。
そんな問いを、自分に投げかけてみてもいいのかなと思います。
すぐに答えが出なくても構いません。
大切なものは、人それぞれ違います。
何を大切にして生きていきたいのか。
今の自分にとって、何が大事なのか。
それを考えることも、自分の人生を生きることの一つなのだと思います。
僕の人生は、振り返ってみると、伏線だらけでした。
その伏線を一緒につくってくれたのは、これまで出会ってきた人たちです。
そして、これから先も、どんな人と出会い、どんな景色を見るのか、僕には分かりません。
だからこそ、これからも、自分の人生を歩いていこうと思います。
今を大切にしながら。
自分のことも、大切な人のことも。
そして、いつか振り返ったときに、
「あの出来事があったから、今があるんだな」
と思える日が来ることを、楽しみにしながら。
小説家の森沢明夫(もりさわ あきお)さんがゲストとして登場し、「自分の人生をハッピーエンドの面白い物語にする方法」について語ったひすいこたろうさんとの対談動画です 。よろしければご覧ください☟
イラスト:ネム蔵 × 杉野画伯 × ChatGPT(AI生成)

